昭和41年07月13日 13日会



 今日は小倉の初代桂松平大先生の50年の、言うならば式年祭と言う事で御座いますけれども、私は式年祭と言った様なおこがましい事は、まぁそのようで御座いますけれども、その式年祭がこの10日に小倉で大変盛大におかげを蒙られました。けれども今日というのは、先生が丁度50年前の今日、7月の13日、お国替えのおかげを頂かれた。言うなら、あの世に生誕のおかげを頂かれた日なのでございます。
 これは椛目にご縁を頂く所に信心のご縁を頂いております全ての者が当然そこん所が段々分かって頂くようにならなければならないと思うので御座いますけれども、これはまぁ、私の信心の教導不届きですから、ほらぁ皆さんには分からない、そりゃぁもうそれでもいい。もう私一人が桂先生を信じ申しあげての事なのですから。けれどもそのぉそういうせいしょに行くその式年ですから、また私はまぁお礼の五十年の式年を堺に、これからも愈々桂先生の御比例を椛目に移して頂かなければならない。
 その御比例を椛目に頂かせて頂かなければならんという願いの、またお祭りでもある訳でございます。皆さんもご承知のように、今日のお祭りは私は誰にも申しません。只月次祭に只平たくこう私奉唱すると。今日は言うならば私一人のお祭りと言うても良い事なんです。同時に志のある方達のお祭りなんです。ですから結局これだけなのでございますけれども、私し今日という今日はこの人だけはという、来て頂いて欲しいという人達の集まりです。ですからあの神様にご挨拶を申し上げる時。
 皆さんもお気づきになったでしょう。私が何べんも何べんも大払いを止めてからこちらの方を見るんですよね、見えてない。この人達は私と一緒に桂先生信じておって下さっている思ってないんですから。何べんこちら大払い止めてみても、見えてない。これはね皆さん桂先生の御信心を本当にあの信じ、また私共の椛目の御比例の元であるところの、この桂先生の御信心を抜きにしたらね、椛目は何もないです。もうこれは私が謙遜して自分が言う訳じゃないです。
 もう私ぐらいな者の所でね、人がだいたい助かるなんて言う事が、であっては普通本当言うたらおかしいです。これはもう特別な神様のご都合。その特別のその神様のご都合に桂先生がお働き下さっておるだけのこと。ですから私がそこのところを信じておれば、もうそれで良いようなものですけれども、これからはこれからはです、だんだんその桂先生の、例えばもう桂と言うたら、体がジュとするぐらいのおかげを皆さん頂いておる。惜しいと私は思うんです。
 何故かって言ったら、椛目の御比礼を本当に皆さんの内に移す事は難しいですね。もう本当に今日、例えば今日の私はあのぉ、私が言えばお参りされるでしょう皆。けれども今日という日は、そうしていわゆるその何も分からん者がガヤガヤしてお祭りを仕えるような事じゃないとこう思う。これはもう私だけでも言うんだと、こう思うておるくらいなお祭りでございますから。ね、だから言うなら私に帰依しておって下さる方たち、またそこにそういう有志の方達。
 もう言うならばいつもこの十三の日に集まられる十三日会の方達だけででも、まぁ良いとこう私思うております。ほれでその今日ならお参りでない方は私を信じてない、また桂先生を信じてないかと言うと、それはそんな事は御座いませんでしょうね。それぞれの都合も御座いましょうけれども、どういう都合があっても、例えばこのままついにだけは、馳せ参じなければおられないというほどのものを、私は頂く事が椛目の信心を頂く事だと、私は思うですね。
 そういう桂先生のご信心に、いわば肖らせて頂く主「おも」でございますね。私お祭りを仕えさせてもらいますちょっと前に、家内にいつもの裏に同行しておりますから、お前今日着物着らんち言うたら、あらぁ私もですかち、こう言う訳です。そりゃぁ私お前おがみよるとかちいう事言うたんです。いやいやそんならち言うちからそのぉ、着物着替えておるというそしてその。決してそのこのお祭りを軽視しとる訳でも何でもないけれども、これは先生、先生があげん言いよりなさるけど、先生だけかと。まぁ御信者さんの中にもそういうような方が沢山おありだとこう思うですね。
 けれども例えばなら私は、お前拝まんとかと、いわゆる説明すれば皆が拝もうという気になる、実はお祭りなんです、そういう性質のお祭りなんです。ただ名前こそおとどけはございませんけれどもです、ね。私はだいたいこのお祭りを今日こうして奉仕させて頂いたかと言うと、まぁ色々の神様のご都合も御座いますが思うんです。例えば旦那さん自分の事に思うて見るといいです。 
 例えば私4月1日が誕生日。本当に皆さんが4月1日は段々お礼が言えましてね。4月1日は親先生のお誕生日だお誕生日だと言うので、ね、この間は私だけではない、家内の誕生日まで皆さん覚えて下さってから。それが面白いです、区々なんです。家内の誕生日はよっぽど覚えにくいと思うて皆区々でされる。5、6、7の下には6、7、8の人もあるちいうごたる風ですね。
 この前なんかはある病人さんです。思い出した寝ながら。はぁ今日は明日は奥さんのお誕生日だと。ね、それでもう本当にもうこの世での思う人でもないごたる。人なんでしょう。そういう人が思い出したち言った。それでお包みでプレゼントした、言うてですね、お金のお供えを持って見えられました。ちょうどそれだけの給料でございましたから、私がもうこちらへ帰ってから。ちょうどあれは女の魂と言うくらいだからね、欲しいものを言うとりましたから。
 丁度その金額で値段のわりには見事な鏡台が来ております。中々その私の部屋にムードが出とるですね最近。鏡っていうのはいいですね、中々やっぱいいです。まぁ朝出る時に一遍ラフな自分の姿を前身見させてもろうてから、置いとくだけですけども鏡を見ると言う事は、本当に自分をすぐ分かる。人の事は分かるけど自分の事は分からん。鏡を見らんから分からんと言う様にその、誕生日をまぁ間違えられてもそうと思い込んで、そんならこれは大変うれしいです。
 例えば私4月1日のお誕生日にです、先生私の都合でございますけんで、ね。誕生日のお祝いをしてあげようち思いよりましたばってん、もう3月の28日、2、3日早めにさせて貰います。と例えば誰か言うてくれる人があるとするでしょうかね。まぁプレゼント渡すくらいならいいですよね、先に渡されるなら。けれどもその誕生祝いをもしして下さると言うなら、私は気にはならんですね。皆さんどうですか、ね。それは私はどこまでも人間の本意の生き方。私本位の生き方。
 自分を中心とした所の、だからその人間の場合ならいざ知らず、しかし人間でもそれでも気分が出らんので御座いますから、これは私は御霊様はなおさらの事であろうと。ましては桂先生の御信心というのは、皆さんもそれこそご承知の通りの御信心。御本部参拝をさせて頂いて途中下車すると言う事さえやかましかった。もう神様とこうと約束なさった子とは事は何が何でも、それをやり抜かれた先生。それにもましてどういう都合があるか知らんけれどもです、ね。
 それを早めにどういう賑々しい式典が、それは小倉のお広前であっても、私は桂先生はプッとソッポを向かれるかも知れんと言う様な気がしきりにするのです。そんな事は御座いますまいけれども、ね。私この事を思いつかせて頂いてから、随分ずいぶん悩みました。神様にいろいろとその事をお願いさせて頂いてから、ようやく今日のこのお祭りに、まぁ運びをつけたので御座いますけれども、来る時の為に、もう一生懸命、なら私なりにお礼を込めさせて頂きました。
 これはその時のお供えが賑やかであるとか、お参りが沢山とかそんな事じゃない。もう私がもう本当に桂先生の御信心に申し上げとる。間違いない先生の信心を本当に受け止めさせて貰い、そしてこの間違いのない信心をまた、皆さんに受け渡さなければならんという責任から、ね、桂先生の御信心をどうでも頂かなければならん。ある時の御大祭であったもう先生方は全部、祭員の先生方御神前につかれた。段々式が進んで桂先生が愈々神前に祝詞を出されるというので、手助けにお座りになった。
 そしてその一方の出来ておるお供えをこうやってご覧になると、あらっこれでしもうた、とこう思うたんです。というのはその今度の御大祭には下関の、街中の蒲鉾店んに出けております蒲鉾のお供えをさせて頂きますというお約束をしてある。神様からお約束してあったお供えが全部供えられた、何時もの様に。所がその蒲鉾がないから、そのまま渡りそして車止めてちょっと下関の方へかまぼこ買いに行ってくれ。今のようにあのぉ車の通りがでけない頃ですから、あのポンポン船で行かなんじゃないですか。
 しかもとにかく何時かという時間を膝つきに仕えたら、先生方に伝えんまま、拝んでおる信者はここでちゃんとそのぉ、待っとる訳何時間という間、ね。そうしなければそうわざわなければ、ね、とてもお祭りは仕えられなさらんというほどの神経の事であったと言う事なんです。ね、だからこそ私はああいう御比例を頂かれたとこう思うんです。もうヨカヨカこげなんとは、また後からお供えしようと言った様なもんじゃなかったんです。これはある教会の御大祭を先生が「   」の方でなさった時。
 もう樂が始まって2階から降りて見えられておる時に、階段のものかげのとこです、神様からお伝えがあった。いうなら真心の氏子が来よるからと仰る。お祭りを待てと仰る神様が。だからそげなんの待たれると、それから10分ばっかりすると、もうその勝手の方から大きな声でじゃら、そのお参りする信者があった。と言う様にもう事それが神様の事であるというたらです、もうそれこそ可笑しいとか自分の都合とか、ね。
 もうそれこそ自分の心というものの一番に神様に打ち向かわなければ気がお済にならんというお方じゃった。私は今日の、今日の私はそのお祭りの中に、ちょっと一人だけ、あなただけは是非おかげを頂いて下さいよと。あなただけは玉ぐしを頂かにゃんから是非、さぁ私が何べん見ても何べん見ても、見落としじゃったかもしれんけども見かからんです。それが他でもない原さんでした、善導寺のね。
 私はだぁれもあれ参って来なさいと言わなかったでしょう、けれどもどこにもいませんでしたね、原さんにだけは私がそれ申しておりました。さぁお祭りが始まっても、私何べん見てもその人が、分からなかったのかもしれんけれども、見えなかった。それは私の心は煮えくりかえるごたった。私は不思議にですね、皆さん方に馬鹿ち言われるごつ私腹立たんです、おかげを頂いてこの頃は。段々言うならば、神様と人間のあい中ぐらいのところの腹が立つですこの頃。
 いやそうですよ、あれは神様が改めなさるような、腹が立つごとよりかまだ有り難いでしょう。人が馬鹿ち言いなさると有り難くとこうなるです、ほんなこて馬鹿じゃけん。見る事見る事自分を見る事になってくるとです、もうどうであろうが、こうであろうが軽う見られようが、どうしようが問題はないけれどもです、ね、私はこの頃そう言う様な気がするんです自分で、ね。何と言うても原さんにそう言うたかと言うとです、ね、桂先生に対する絶対機影者であると私思うておったからですこの人は。
 毎月十三日の小倉へお参りさせて頂きました。引き続いて御本部参拝させてもらいました。色々な事情の為にお参りが出来なくなった時に、もうそれこそ切羽詰った思いで原さんがここでお届けをなさった、残念だと。これだけ小倉小倉、御本部まではお参りが出来なくてもせめて小倉まではお参りして来て貰いたい。そういう祈念をいつも私に言うておられた。桂先生という方はどう言う様なご修行をなさったお方であろうかと言うたら、神様がすぐお知らせ下さった。
 丁度あの熱い湯をかけられたり、冷たい氷のような水をかけられたり、そしていわば油っけを抜くというか、もうそれこそスッキリする所で、あのハゲルようになる所までしたような、そういう修行をなさった方ぞと言う様なお知らせも、原さんは頂いておるんです。先生この十三日という日は、とてもただ事の日じゃない。全く私共が御本部参拝させて頂いておりました、小倉にもお参りをさせて頂きよりました。
 せめてその日はお参りをさせて頂いたと思うて、会のその十数人だけでも集まって、何とか信心の共例でもさせて頂くと言う様になっては、方法はないもんだろうか。その当時、2千2、3百円、お金がいりました、御本部参拝に。だからそれを、例えばお参りをさせて頂いたと思うて何か、そのお参りをしよった者だけでも、何か積み立てて何か信心の共例でもするような、神様の御用にでも使わせて頂くような何かないでしょうかと言うて、まだ御結界にお届けでした。
 私はその時の事をまだ忘れません。原さんがそれを言われましたから、ほんにそうですねて、それなら御本部参拝ここにお参りさせて頂きよる者だけで、もう何かその話し合いましょうと。と言うて、それから先はどげな風にすりゃいいか分かりませんけれども、あの十三日会が出来たんです。いわゆる十三日会の発起人なんです。ね、やあやあいいながらもそういう、ね、いわば信心をなさっておられる人だから私は信じとったから、今日は私はとにかくそれこそ、ね、1時間位前から見えてからでも、お出でられる方だとこう思うておった。また言うた人はこの人一人じゃった。
 私も矢張りその桂先生の御信心を受け継ぎたいと思いますから、ね、中々桂先生の御信心は出けませんけれどもです、それでも迷いがない。ね、本当に私自身もそうさせてもらわなければおられん。例えば私は今日は朝からね、あのぉ不届きがないようにと言う事を中心に頂いておりましたから、もう私は装束つけて下へ下りて来て、あの並べる様な事はしませんけれど、もう今日という今日は私は装束着けてから、あっちこっちその手落ちや何かはないか。私は高嶋さんに燗酒をお供えしたんです。
 皆さんもご承知のように、桂先生はね、もう非常にもうどんなに夏の暑い時でもその、それこそ湯気の立つように、カンガントお酒をお付けにならなければお出にならなかったです。あれをフ~ち吹いてから上がりなさるのが、中々そのお好きであった。もうどんなに名手でもです、あんなにしたら美味しゅうないのを伝えるように。けれども矢張りその人の身にならなければならないほどの、いわばしよう志を持っておられた訳ですね。ですからもう、それを皆がまして桂しゃん、と評判するくらいに熱い燗のお酒を。
 だからもうお祭りが始まる15分ぐらい前から用意をしました、燗を。もう今日のお神酒を私はあのお銚子ももう、全部あれ新しか設えさせて頂きましてね、それからもうかんがんとした、ね。だからあれにあの、お刺身か何かお酒のお魚に良い物を、あのおさんぼうに似合う様な、ものお供えしたいと言うて、丁度高嶋さんが、御用になって見えましたから。アンタ田主丸にとにかく12時半ごろまで間に合うように持って来て下さいよと言うてそのお願いした。
 所が待てど暮らせどもです、何遍も降りてきて、何べん聞いたか分かりません、来んでしょうが。もうとうとう時間になった。私は今日はもう今日は1時の時間は1分間でも切らんと思うた。所が2分間切れた。樂が始まるのがもう過ぎた。ね、ものを過ぎたという事がね、実は大変な事なんです。神様にお約束をしておるその事がですね、ね、5分送れた、ああそうかと神様が受けて下さったら、ならこれが汽車であるなら、もう出発しておるです。ね、だからこれは私は皆さんに申しません。
 これはもう私自身の不届きだと思いますけれどもです。それならそれが高嶋さんが本当に聞いて下さり、それを原さんが本当に守って下さるならです、私の足りないところを補うてくれとるに違いないと私は思うのです。だから私は東さんに、神饌の方におかげを頂いておりましたから、もう仕方ないからそいう時にはね、あのぉ燗酒だけ、矢張りあのぉ、お魚はして、こういう風にしてお供えしてくれと言うて2階に上がりましたら、その後整いました。
 けれどもいわばさっきの1時の汽車で、このままじゃ帰ってでも、もしするならばですどうもなりません、ね。神様へのご報告の祝詞を終わらせて頂いてこっちへ着かせて頂きましてから、また席を見せて頂き、初めて原さんの姿が目に入った。ね、そしたらもうどうしてこんなに感激が湧くじゃろうかちいうごと、私の心の中に感激が湧いてきた。それから桂先生のいわばこの御祭りに、座に着かせて頂いたらもうこん畳をこう自分でちくじるぐらいに感激しておった。ね、
 あの鑑賞だけでもこういうもん。ね、想像して頂く時には、本当に私は勿体無い事でございますけれども、私のような者の信心に桂先生がこうも受け取って下さるんだと。いや、期待して下さっておるんだと、椛目の信心に期待して下さっておるんだと。今日私は初めて、近藤藤守先生をご同道でここの御霊やに出ておられました。ね、桂、近藤藤守という先生は、桂先生が一番初めに四神様の御神命を受けられて、そして一番始めに、いわば信心なもう出来になっておるけれども。
 私共と同じ事で素人なもんですから、その儀式やら、そう言う様なものがなかった。それでもやっぱり信心を頂いておられたんですけれども、いわば藤守先生は桂先生の御師匠に当たられます。ね、丁度その御二方の、私は本当にもう、これこそ期せずして二方の御霊様に今日はご挨拶を申し上げる事が出けた。はぁ本当これからの教団の為に、道の為に、ね、どうぞ私ぐらいな者ではございますけれども、よろしくご教導頂きまして、どうぞおかげ頂かせて頂きます事を目指させて頂きます。
 今日ここにある事の御礼を申させて頂きました。ね、そして例えば椛目にかげておる事。今日、まぁ先ほど東さんが御届いたしますのに、ね。ここまでは出けとるばってんか、2分間送れというお知らせを頂いておった。やっぱ今日の御祭りの事も含まっておったんでしょうね。その2分間、たった2分間だけでもその2分間がです、んなら2分間前にというのとは大変な違いなんです。
 はぁおかげで間に合うたと言う事になるでしょうが。ね、椛目の信心の是からの目指し、これからの私がいわば教導させて頂くならばです、そういう正確なもの。いわば事神様のことであったら、ね、何が何でも桂先生の御信心の御流儀というものを自分たちの信心の上に頂かせてもろうて。おかげを蒙る正確無比の信心。ね、こと神様の事ならば前には進んでも、絶対に後ろには引きませんという不退転の御信心。
 こと神様の事であるならば、こと桂先生の事であるならばです、ね、私を信じて下さるならばです、私が桂先生を信じればです、もう少しいいようなものだけれども、私が頂いておる信心を、ね、皆さんに伝えなければならないという私は責任がある。おかげを受けられた、信心が段々分かってみえられた、けどもこれからは分からせて頂かなければならんところの信心というのがです、ね。
 そういう所に焦点がおかれなければならんのだろうかという風に私思うんです。今日お参りをしなかった人はもう私の信心を信用しとらん、桂先生の信心を信用しとらん、とは申せませんのです。例えばそういうようなひとつの人間心、それけん私は家内にですね。あぁお前は着物も着らんやったかち、私もですかち。お前は拝まんとかち、と言われてから、そりゃぁ拝ませて頂きたかばってんからち言うてその、着物にどん着替えるような程度の方が、ほとんど椛目ではなかろうかと、こう思うので御座いますね。
 なら皆さんだからと言うて、お参りしようたから、いわゆる信心が立派とは思えません。ね、また中にはです、今日という今日は先生がああいう、まぁ私が一生懸命思いよる事があるなら分かるですもんね、言わんでもだからあの信心に付いて行こうという風にして言うた方もございましょう。例えばあの、北野の福島さんなんかはこの頃久しゅうお参りがありませんでした。ね、久しぶりに今日参って見えました。ところがやっぱご縁があるとですたいね。
 今日はだからこげなふうで十三日会には、前に御祭りを奉仕しますもんねって、だから御縁がありますもんね。言えばそう出けん言えば出ける。だから言わなきゃ出来るのじゃなくてです、それがもうこれから外れられんと。ね、例えばその何を言うても、なら桂先生の御信心そのものがです、ね、神様のお伝えとあれば時間を延ばしてでも、倉庫にお供えをまかれるように、もう御祭り半ばであっても、ね
 神様と御約束してある所の、正直な神の氏子がの、がお三宝に乗るまでは御祭りをするか、先に御進みになられなかったという信心なんです。そういう信心の御流儀を私共は頂かせて貰う。勿論これは私が頂かなければならん。所が私の信心が2分間送れておるものだから皆さんにもこう言う様な事になるのだろうと私思うんです。ですからこの2分間の所をです、皆さんも是から、是から神の信心を分からせて頂くというのは、そういう正確の信心を持ってです。
 私どもは合楽のおかげを頂きたい。さぁ合楽とこういうておりますけれども、それとても桂先生の御神徳のおかげです。この十三日会というものがなかったら、とてもあの御造営なんかは思い立ちは出来なかったです。ね、あれから山の、チリも積もれば山となるで、ね、あれが例えばあの土地だけでも買わせて頂くだけの金額になっとったと、十三日会のいわゆるお供えされよる金が。それがこの御造営にふんぎったと言う事になるとです、桂先生のおかげでと言う事になるのです。
 お参りが出けんごとなったおかげではなくて、桂先生の御神徳のおかげであると言う事を思います。今朝から母が出て参りましてからお届させて頂きますのに、今朝御神夢の中に、私が丁度抱く位の、まぁ4つ5つ位の私です。それを桂先生が「横だけに」こう抱えられてから神様に御祈念なさっておられるとこを頂いた。ですから私信心がまだ育ってないですから、それでも是だけはむぞうなとせんならん。
 これだけは本当に自分の信心をけんしょう、受け継がせにゃならんと言った様な願いという物をです、感じん訳には参りません。ね、どうぞ今日の十三日会が、何時も大体は1時からありよります。十三日会じゃけん、十三時から、という事でした、ね、一時から。ところがその13時から言うとるばってん、いつも3時からでしょうが。ここに私は本当に桂先生の御信心をさせて頂くならばです。
 例えばなら今日のように1時なら1時に集まられればです、なら十三時からお祭りが奉仕出来ると言う事。ここん所も一つ、これからの椛目の信心の上にです、あの正確なおかげを頂いて行かなければならん。切のある信心をさせて頂かなければならん。丁度いつもの3時が近づいて参りました。まぁあの御直会がさがりました、御直会を頂きながら、早速十三日会に移りたいと思いますけれども、本当に今日のお祭りは、いうならば私が一人ででも、奉仕させて頂くお祭り。
 それに私に帰依して下さる、私と歩みを一緒にして下さる同士の方達、一緒に今日のお祭りがこうして出来ました。もう今日の私はもうお供えでもその内容でも、今日のお供えにはもう私が一つ一つもう私の思いを込めさせて頂いたり、形やらの上においてもです、あのさせて頂いた。もう「ひとっことして」もう私は今日は少し真剣になって、声あげて泣きたい感激を頂い、がこの中にあるのですよ今日は実は。ね、うんこの感激がどこから来るのだろうか自分の気持ちが。ね、
 どこから来るか分からないけれども、この感激がです、もう感激がある事だけは間違いない。実感である事のだけは間違いない。嘘の涙ではない事だけは事実なのです。どうぞそう言う所にもです、私共がその思うと言う事。ね、思いを込めると言う事。そう言う様な事が神様を動かし、又は御霊様をお喜び頂けれるものに、その神様のお慶びが、神様の御発動が私の心の中に、どこから湧いてくるか分からない感激となって頂けれるのではなかろうかという風に思うのでございます。どうぞ是から何時もの様に十三日会をお開き下さいますように。
   おかげを頂きまして有難う御座います。